読書会 アナバプテストのヴィジョン(2)

お待たせして申し訳ありません。
8月4日、イエス・キリスト研究所主催の読書会です。

ハロルド・S・ベンダー『アナバプテストのヴィジョン』を引き続き読んでいます。
本書は、宗教改革の光と影を見据える上で不可欠な資料の一つですし、そうした歴史的関心を超えて、キリスト者とはいったい何か、どう生きるべきなのか、教えられます。

いきなりドイツ語が出てきて声が詰まったり、訳の修正などが不十分であったり、色々と申し訳ありません。

英語を読むことに抵抗がない方は、以下のサイトに全文が公開されているので、そちらをご覧ください。
http://www.mcusa-archives.org/library/anabaptistvision/anabaptistvision.html

また、この講座を今後も提供するために、御理解のあるキリスト者の皆様の御支援を必要としています。この講座を存続させたいと願うキリスト者の方は、以下を御覧下さい。
献金について

今後とも、イエス・キリスト研究所では、イエスを主とし従うキリスト者に対し、良質な教育機会を提供することに努めてまいります。よろしくお願いいたします。

指導者の資格 (3)

指導者の資格(2)の続きです。
今回は短いですが、ご容赦ください。
また、講演を行った時の内容に、一部補足をしています。

こういう事件がありました。

私は神学校の隅の家(寮)に、ルームメイトと一緒に住んでいました。そのルームメイトが、入学後すぐにガールフレンドをつくりました。同じ神学校の学生です。

あるとき、そのルームメイトが、夜、彼女を部屋に入れて、鍵を閉め、電気を消したのです。私は、「それはクリスチャンの習慣ではない」と、外から何度もドアを叩き、二人をその部屋から追い出しました。こうしたトラブルが何度か続き、そのルームメイトは、私に対して怒りだしました。

土曜の、雪が積もる日のことです。私は毛布と、入れられるだけの本と着替えをバックに詰めて、家から出ました。次の日が日曜日だったのは幸いでした。私は、いつも通う教会の門の前に座っていました。やがて牧者が会堂に着き、自分を見つけ、”Are you OK?”と尋ねました。私は答えました。”No.”

私はすべての事情を話し、それから結局、教会の長老の方の家に、1ヶ月ほど泊めていただきました。これはありがたい話です。

その間、神学校と、私の教会の牧者などを交えて話し合ったのですが、神学校の出した結論は、「神学校は教育機関であって、教会ではない」ということでした。そして、証拠もないのに誰かを罰することはできない。あなたが部屋を出て行ったのだから、あなたが悪いのだ、ということで、その時から、より狭くて、月100ドルほど高い部屋に移らざるを得なかったのです。牧者は「不公平だ」と抗議しましたが、ここしか部屋が開いていないといって、聞き入れられませんでした。

神学校というのは、なかなか、聖書のいうリーダーを育てる場所にはなっていないというところがあるのです。

(続く)

イエス・キリスト研究所の活動は、終わっていません。

教会の改革は喫緊の課題であり、教会は今もほんもののメッセージを必要としています。
当研究所の活動は終わっていません。土曜日の神学講座は、今までと同じような形は持てなくなりました。
しかし、毎回講座を持つのではなく、読書会を織り交ぜる形で継続しています。
良質な神学教育を提供するため、引き続き活動しています。

今週中に、読書会のビデオを一本アップロードする予定です。
また、土曜日の講座や、各週火曜日の読書会も、継続しています。
イエス・キリスト研究所は、引き続き、イエスをキリストと信じ、従うキリスト者のために、良質な教育機会を提供していきます。
この活動のためにお祈りいただければ幸いです。

お詫び

この数日、更新が滞っていること、お詫びいたします。
神学講座参加者の方々の貴重な献金にもかかわらず、現在のところ、当研究所の経済状況は、所長一名を専業として就かせることさえ程遠い状況です。
そのような事情から、所長である私自身が、今月13日より一般企業にて勤めることになりました。
それにより、講座を準備する時間や、動画を編集する時間等がとれなくなっている次第です。
なお、土曜の講座は、引き続き続いていますが、準備の都合上、概ね読書会に切り替わっています。

教会改革待ったなし、というところでのこうした事態は、忸怩たるところであります。
今後、読書会の合間にも可能な限りにおいて神学講座を提供したいと考えております。
また、一般企業における仕事も、研究所の活動を継続できるような形にすべく、全力を尽くしたい次第です。

なお、現在のところ、就労によって得られる賃金をもってしても、それのみでは研究所に必要な資金等をまかなえていない状況です。
このため、献金については、引き続きご理解のある方にお願いしているところです。

このような現状につきまして、皆様に心からお詫びいたします。

イエス・キリスト研究所 所長 三根 翼

読書会 アナバプテストのヴィジョン(1)

7月28日は、講義の予定でしたが、都合により読書会に変更いたしました。突然の変更、申し訳ありません。
(なお、8月4日も読書会となりました。)

ただ、今回学ぶ、ハロルド・S・ベンダー『アナバプテストのヴィジョン』は、とても重要な本なのです。
宗教改革の光と影を見据える上で不可欠な資料の一つですし、そうした歴史的関心を超えて、キリスト者とはいったい何か、どう生きるべきなのか、教えられます。

我々が立ち返るべき場所は、宗教改革ではなくて、イエス・キリストです。
それでは、歴史を学ぶ意義とは何でしょうか。
それは、過去の成功と失敗を知り、現代に生かすことにあります。

過去の聖徒たちの力強い証と殉教は、今のキリスト者を揺さぶり、励ますものです。
また逆に、過去から無意識のうちに受け継いでいるものが本当に主の御心にかなうものなのか、常に聖書から、イエス・キリストの視点から問いかけねばなりません。

なお、本書の著者は、宗教改革時代のアナバプテスト運動を描くことを通し、そこから派生したメノナイト派のあるべき姿を問いかけることを目的としています。
しかしながら、当研究所は、教派的な関心で本書を読むのではなく、キリスト者のあるべき姿を求めています。

たとえば信仰を持った人が、自ら信仰を告白し、バプテスマを受ける。今ではごくごく当たり前なこととして、多くの教会で実践されています。
しかし、それはカトリック教会にとって当たり前のことではありませんでした。ルター、カルヴァン、ツヴィングリのような宗教改革の主流派にとっても同じことです。

「アナバプテスト」とは、教会が、イエス様を信じた人のみによって構成される。こうした、今ならあたりまえのことを実践した人たちです。しかし、カトリックからもプロテスタントからも言語を絶する迫害を受け、実に初代教会よりも多くの殉教者を出しました。
彼らが描いていた「教会」とは、「キリスト者」とは、いったい何なのでしょうか。一緒に学んでいきましょう。

邦訳は、一般には出回っていませんが、当研究所は、家名田弘氏による翻訳を所有しています。ただ、古い(1959?)訳でもあり、一部読みにくいところもあります。参加者に提供したテキストは、私が一部手を加えたものです。

英語を読むことに抵抗がない方は、以下のサイトに全文が公開されているので、そちらをご覧ください。
The Anabaptist Vision

また、この講座を今後も提供するために、御理解のあるキリスト者の皆様の御支援を必要としています。この講座を存続させたいと願うキリスト者の方は、以下を御覧下さい。
献金について

今後とも、イエス・キリスト研究所では、イエスを主とし従うキリスト者に対し、良質な教育機会を提供することに努めてまいります。よろしくお願いいたします。

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主はいくさびと(1) (神学を学ぼう! キリスト者のための神学講座)

7月21日、第5回目の、神学講座のビデオを公開いたします。

『目には目で、歯には歯で』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。悪い者に手向かってはいけません。あなたの右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい。(マタイ5:38-39)
『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。(マタイ5:43-44)

イエス様のこうした教えは、私たちの心を突き刺すものです。こうした言葉は、未信者にもよく知られています。しかし、旧約聖書を読むときに驚くのは、戦争の記事が非常に多いということです。しかもその戦争に、神が積極的に関わっているというのです。

あなたが、はいって行って、所有しようとしている地に、あなたの神、主が、あなたを導き入れられるとき、主は、多くの異邦の民、すなわちヘテ人、ギルガシ人、エモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、およびエブス人の、これらあなたよりも数多く、また強い七つの異邦の民を、あなたの前から追い払われる。 あなたの神、主は、彼らをあなたに渡し、あなたがこれを打つとき、あなたは彼らを聖絶しなければならない。彼らと何の契約も結んではならない。容赦してはならない。 (申命記7:1-2)

コンスタンティヌス帝によるキリスト教公認化以降、教会はしばしば積極的に戦争に関わってきました。後に学びますが、時には、この戦争が、キリスト者に対して向けられたことさえあります。

もう一方で、現代のキリスト教会、特に平和憲法を抱く現代の日本の教会では、平和が非常に強調されています。しかしそうした姿勢は、ほとんどの場合、聖書の丁寧な釈義から来ているようには見えません。むしろ、イエス様の言葉の一面、たしかに非常に重要な一面ではありますが、そこだけを切り取って、この世の左翼的運動に安易に接ぎ木しているように思えます。たとえば、日の丸・君が代問題一つをとっても、聖書の厳密な釈義からすれば、君が代を歌わないことが正しいのかと言えば、私はなかなかそうも言い切れないのではないかと思います。たとえば、ダニエルは異邦人の王ネブカデネザルに対して、「王さま。永遠に生きられますように」(ダニエル6:21)と挨拶します。

聖書から聞くよりも、この世の声に聞き従うメンタリティーは、実のところ第二次世界大戦時、韓国に神社を建て、会堂の正面に日の丸を掲げた時代の教会と変わることがありません。ですから、こういった教会の大多数は、危機が来ればすぐにこの世の風になびいて、別のことを言い出すに違いないのです。歴史が十分に証明しているではないですか。

あるいは、旧約聖書の記事を切り捨てて、「私はイエスの言葉に従う」と言えばよいのでしょうか。2世紀にマルキオンという人があらわれ、まさにこうした立場を採りました。旧約聖書の神は野蛮で、イエスの教えと異なっている。彼は、旧約聖書を切り捨て、ルカの福音書とパウロ書簡だけを正典とする教会を立ち上げました。教会は彼を異端として排斥し、旧約聖書の神と新約聖書の神は、同じ神であるとしたのです。実際のところ、イエス様も旧約聖書の権威を認めていたのです。

結局のところ、問題の解決は聖書を丁寧に読むところにしかありません。旧約聖書に記された戦争、そしてイエスの平和の教え。ここに一つの神の意志を読み取ることができるのか。
今回から数回にかけて、こうしたテーマを念頭に置きながら学んでいくこととします。

また、この講座を今後も提供するために、御理解のあるキリスト者の皆様の御支援を必要としています。この講座を存続させたいと願うキリスト者の方は、以下を御覧下さい。
献金について

今後とも、イエス・キリスト研究所では、イエスを主とし従うキリスト者に対し、良質な教育機会を提供することに努めてまいります。よろしくお願いいたします。7月21日、第5回目の、神学講座のビデオを公開いたします。

『目には目で、歯には歯で』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。悪い者に手向かってはいけません。あなたの右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい。(マタイ5:38-39)
『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。(マタイ5:43-44)
イエス様のこうした教えは、私たちの心を突き刺すものです。こうした言葉は、未信者にもよく知られています。しかし、旧約聖書を読むときに驚くのは、戦争の記事が非常に多いということです。しかもその戦争に、神が積極的に関わっているというのです。

あなたが、はいって行って、所有しようとしている地に、あなたの神、主が、あなたを導き入れられるとき、主は、多くの異邦の民、すなわちヘテ人、ギルガシ人、エモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、およびエブス人の、これらあなたよりも数多く、また強い七つの異邦の民を、あなたの前から追い払われる。 あなたの神、主は、彼らをあなたに渡し、あなたがこれを打つとき、あなたは彼らを聖絶しなければならない。彼らと何の契約も結んではならない。容赦してはならない。 (申命記7:1-2)

コンスタンティヌス帝によるキリスト教公認化以降、教会はしばしば積極的に戦争に関わってきました。後に学びますが、時には、この戦争が、キリスト者に対して向けられたことさえあります。

もう一方で、現代のキリスト教会、特に平和憲法を抱く現代の日本の教会では、平和が非常に強調されています。しかしそうした姿勢は、ほとんどの場合、聖書の丁寧な釈義から来ているようには見えません。むしろ、イエス様の言葉の一面、たしかに非常に重要な一面ではありますが、そこだけを切り取って、この世の左翼的運動に安易に接ぎ木しているように思えます。たとえば、日の丸・君が代問題一つをとっても、聖書の厳密な釈義からすれば、君が代を歌わないことが正しいのかと言えば、私はなかなかそうも言い切れないのではないかと思います。たとえば、ダニエルは異邦人の王ネブカデネザルに対して、「王さま。永遠に生きられますように」(ダニエル6:21)と挨拶します。

聖書から聞くよりも、この世の声に聞き従うメンタリティーは、実のところ第二次世界大戦時、韓国に神社を建て、会堂の正面に日の丸を掲げた時代の教会と変わることがありません。ですから、こういった教会の大多数は、危機が来ればすぐにこの世の風になびいて、別のことを言い出すに違いないのです。歴史が十分に証明しているではないですか。

あるいは、旧約聖書の記事を切り捨てて、「私はイエスの言葉に従う」と言えばよいのでしょうか。2世紀にマルキオンという人があらわれ、まさにこうした立場を採りました。旧約聖書の神は野蛮で、イエスの教えと異なっている。彼は、旧約聖書を切り捨て、ルカの福音書とパウロ書簡だけを正典とする教会を立ち上げました。教会は彼を異端として排斥し、旧約聖書の神と新約聖書の神は、同じ神であるとしたのです。実際のところ、イエス様も旧約聖書の権威を認めていたのです。

結局のところ、問題の解決は聖書を丁寧に読むところにしかありません。旧約聖書に記された戦争、そしてイエスの平和の教え。ここに一つの神の意志を読み取ることができるのか。
今回から数回にかけて、こうしたテーマを念頭に置きながら学んでいくこととします。

講座についての詳細は、以下を御覧下さい。
http://theology.jp/theologylecture/

また、この講座を今後も提供するために、御理解のあるキリスト者の皆様の御支援を必要としています。この講座を存続させたいと願うキリスト者の方は、以下を御覧下さい。
http://theology.jp/donation/

今後とも、イエス・キリスト研究所では、イエスを主とし従うキリスト者に対し、良質な教育機会を提供することに努めてまいります。よろしくお願いいたします。

指導者の資格 (2)

指導者の資格(1)の続きです。
一部、歯に物の詰まったような表現が出てくることをお許しください。
また、この文章は、諸般の事情により、講演会で話したことを一部編集しています。
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召命 (神学を学ぼう! キリスト者のための神学講座 2012年7月14日)

大変お待たせして、申し訳ありませんでした。
7月14日、第4回目の、神学講座のビデオを公開いたします。

第4回目では、アブラハムの召命からはじめて、アブラハムの生涯を学んでいきます。
また、イスラエル民族が選ばれたことの意味や、それに伴う責任、そして、今日の教会にとっての意義も考えたいと思います。

ぜひ、聖書をお持ちになり、創世記を開きながら学んでください。

なお、今後とも安定して講座を提供するために御協力いただけるキリスト者の方は、
献金について
を御覧下さい。
よろしくお願いいたします。

指導者の資格 (1)

7月15日、調布バプテスト教会において、「指導者の資格」という題で講演を行いました。
撮影したビデオを公開するつもりでしたが、参加者の方の声や顔もかなり入っています。
その他様々な事情を考慮し、ビデオをそのまま公開するのではなく、文字の形で講演の内容を公開することとしました。御了承ください。 続きを読む 指導者の資格 (1)

教会の条件 (調布バプテスト教会礼拝メッセージ2012年7月15日)

教会とは何か。教会にとって欠かすことのできない実践とは何か。
調布バプテスト教会において、「教会の条件」という題でメッセージをいたしました。
その動画をアップロードしたのでご覧ください。

イエス様が「教会」という言葉を使うのは、福音書中たった2回、マタイ16章、18章のみであり、その双方とも「つなぐこと」「解くこと」という奇妙な言葉と結び付けられています。それで、少なくとも、この「つなぐこと」「解くこと」の実践こそ、教会にとって欠かすべからざるものと言うことができるでしょう。

この「つなぐこと」「解くこと」という言葉の意味、そして、この言葉を実践できなかったコリント教会の失敗と回復の過程を学びます。

なお、メッセージ中の「ひとあしとび」を、「いっそくとび」に訂正させてください。
申し訳ありません。

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