「神学講座」カテゴリーアーカイブ

旧約聖書の戦争をどう考えるか (1)

今日のキリスト者が直面する問題の一つは、旧約聖書の戦争をどう考えるかということです。

旧約聖書には、明らかに神ご自身の意思による戦いが記されています。新約聖書では、イエス様が「あなたがたの敵を愛しなさい」と語ります。

旧約と新約のメッセージには矛盾があるのでしょうか?
実は、少し視点を変えてみれば、旧約聖書と新約聖書とで一貫したメッセージが見えてきます。

これからしばらくの間、キリスト者が旧約聖書の戦争をどう考えるべきか、あるいはイエス様のメッセージをどう考えるべきかについて学びたいと思います。

特に、以下のような疑問や問題意識を抱いている方々にはぜひおすすめです。

  • 今のキリスト教会は「政治」に関わりすぎている
  • 教会はもっと積極的に「平和」に貢献すべきだ
  • この世の平和主義にキリスト教色をとってつけたような話にはうんざりだ
  • 教会が戦争を支持するなんてイエス様の態度と矛盾している

私は、あくまで聖書に忠実に、この問題を扱いたいと思います。すべての疑問が解決するというわけでもないかもしれません。しかし、こうした問題をあくまで聖書から考えたいと願う方々に、何かしらお役に立てるものを提供できれば幸いです。

(つづく)

活動報告

毎週土曜日、調布バプテスト教会において行っている神学講座。
色々な都合があって、実態としてはほぼ読書会になっていますが…
最近、ネットで情報を発信してなくて申し訳ないです。活動は毎週ちゃんと継続しています。

予定では、今日、フスト・ゴンサレス『キリスト教史 上巻』(新教出版社)を読み終わります。
そして、来週からは下巻に移ります。

興味のある方は、ぜひご参加ください。

キリスト者と政治

選挙を明日に控えていますが、これを契機に、キリスト者と政治について、聖書から考えてはみませんか?
政治について、牧会者の個人的な意見や、キリスト教的な「色付け」をした程度の話なら、聞いたことがあるかもしれません。
しかし、聖書は政治について何かを語っているのでしょうか?

今回は、聖書に基づいて、キリスト者として政治とどう関わるべきかを考えます。
なお、このビデオは、「誰に投票するべきか」という話ではありません。選挙後に御覧になっても意味のある話だと確信しています。

これはユダヤ人の王イエス

十字架に掲げられた、「これはユダヤ人の王イエス」という罪状書き。
四福音書のすべてに書かれたこの言葉から、十字架の持つ意味のうち、重要であるにもかかわらず、あまり光の当てられなかった側面を解き明かします。

なお、原稿は『福音と世界』(2012年11月号)に掲載されています。いくつか誤字や抜けがあるので(これは私の側に責任があります)、訂正したものをアップロードします。
これはユダヤ人の王イエス
(上記リンクを、右クリック等で保存してください。pdfフォーマットになっています)

左上の方に、「音読」「解説」などと書いてあります。
時間のない方は「音読」の部分を飛ばして聴くこともできます。

なお、これはイエス・キリスト研究所の神学講座の一環です。
講座についての詳細は、以下を御覧下さい。
http://theology.jp/theologylecture/
開講時間が17:30に変更になっているのでご注意ください。

今後とも、イエス・キリスト研究所では、イエスを主とし従うキリスト者に対し、良質な教育機会を提供することに努めてまいります。よろしくお願いいたします。

主はいくさびと(1) (神学を学ぼう! キリスト者のための神学講座)

7月21日、第5回目の、神学講座のビデオを公開いたします。

『目には目で、歯には歯で』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。悪い者に手向かってはいけません。あなたの右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい。(マタイ5:38-39)
『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。(マタイ5:43-44)

イエス様のこうした教えは、私たちの心を突き刺すものです。こうした言葉は、未信者にもよく知られています。しかし、旧約聖書を読むときに驚くのは、戦争の記事が非常に多いということです。しかもその戦争に、神が積極的に関わっているというのです。

あなたが、はいって行って、所有しようとしている地に、あなたの神、主が、あなたを導き入れられるとき、主は、多くの異邦の民、すなわちヘテ人、ギルガシ人、エモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、およびエブス人の、これらあなたよりも数多く、また強い七つの異邦の民を、あなたの前から追い払われる。 あなたの神、主は、彼らをあなたに渡し、あなたがこれを打つとき、あなたは彼らを聖絶しなければならない。彼らと何の契約も結んではならない。容赦してはならない。 (申命記7:1-2)

コンスタンティヌス帝によるキリスト教公認化以降、教会はしばしば積極的に戦争に関わってきました。後に学びますが、時には、この戦争が、キリスト者に対して向けられたことさえあります。

もう一方で、現代のキリスト教会、特に平和憲法を抱く現代の日本の教会では、平和が非常に強調されています。しかしそうした姿勢は、ほとんどの場合、聖書の丁寧な釈義から来ているようには見えません。むしろ、イエス様の言葉の一面、たしかに非常に重要な一面ではありますが、そこだけを切り取って、この世の左翼的運動に安易に接ぎ木しているように思えます。たとえば、日の丸・君が代問題一つをとっても、聖書の厳密な釈義からすれば、君が代を歌わないことが正しいのかと言えば、私はなかなかそうも言い切れないのではないかと思います。たとえば、ダニエルは異邦人の王ネブカデネザルに対して、「王さま。永遠に生きられますように」(ダニエル6:21)と挨拶します。

聖書から聞くよりも、この世の声に聞き従うメンタリティーは、実のところ第二次世界大戦時、韓国に神社を建て、会堂の正面に日の丸を掲げた時代の教会と変わることがありません。ですから、こういった教会の大多数は、危機が来ればすぐにこの世の風になびいて、別のことを言い出すに違いないのです。歴史が十分に証明しているではないですか。

あるいは、旧約聖書の記事を切り捨てて、「私はイエスの言葉に従う」と言えばよいのでしょうか。2世紀にマルキオンという人があらわれ、まさにこうした立場を採りました。旧約聖書の神は野蛮で、イエスの教えと異なっている。彼は、旧約聖書を切り捨て、ルカの福音書とパウロ書簡だけを正典とする教会を立ち上げました。教会は彼を異端として排斥し、旧約聖書の神と新約聖書の神は、同じ神であるとしたのです。実際のところ、イエス様も旧約聖書の権威を認めていたのです。

結局のところ、問題の解決は聖書を丁寧に読むところにしかありません。旧約聖書に記された戦争、そしてイエスの平和の教え。ここに一つの神の意志を読み取ることができるのか。
今回から数回にかけて、こうしたテーマを念頭に置きながら学んでいくこととします。

また、この講座を今後も提供するために、御理解のあるキリスト者の皆様の御支援を必要としています。この講座を存続させたいと願うキリスト者の方は、以下を御覧下さい。
献金について

今後とも、イエス・キリスト研究所では、イエスを主とし従うキリスト者に対し、良質な教育機会を提供することに努めてまいります。よろしくお願いいたします。7月21日、第5回目の、神学講座のビデオを公開いたします。

『目には目で、歯には歯で』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。悪い者に手向かってはいけません。あなたの右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい。(マタイ5:38-39)
『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。(マタイ5:43-44)
イエス様のこうした教えは、私たちの心を突き刺すものです。こうした言葉は、未信者にもよく知られています。しかし、旧約聖書を読むときに驚くのは、戦争の記事が非常に多いということです。しかもその戦争に、神が積極的に関わっているというのです。

あなたが、はいって行って、所有しようとしている地に、あなたの神、主が、あなたを導き入れられるとき、主は、多くの異邦の民、すなわちヘテ人、ギルガシ人、エモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、およびエブス人の、これらあなたよりも数多く、また強い七つの異邦の民を、あなたの前から追い払われる。 あなたの神、主は、彼らをあなたに渡し、あなたがこれを打つとき、あなたは彼らを聖絶しなければならない。彼らと何の契約も結んではならない。容赦してはならない。 (申命記7:1-2)

コンスタンティヌス帝によるキリスト教公認化以降、教会はしばしば積極的に戦争に関わってきました。後に学びますが、時には、この戦争が、キリスト者に対して向けられたことさえあります。

もう一方で、現代のキリスト教会、特に平和憲法を抱く現代の日本の教会では、平和が非常に強調されています。しかしそうした姿勢は、ほとんどの場合、聖書の丁寧な釈義から来ているようには見えません。むしろ、イエス様の言葉の一面、たしかに非常に重要な一面ではありますが、そこだけを切り取って、この世の左翼的運動に安易に接ぎ木しているように思えます。たとえば、日の丸・君が代問題一つをとっても、聖書の厳密な釈義からすれば、君が代を歌わないことが正しいのかと言えば、私はなかなかそうも言い切れないのではないかと思います。たとえば、ダニエルは異邦人の王ネブカデネザルに対して、「王さま。永遠に生きられますように」(ダニエル6:21)と挨拶します。

聖書から聞くよりも、この世の声に聞き従うメンタリティーは、実のところ第二次世界大戦時、韓国に神社を建て、会堂の正面に日の丸を掲げた時代の教会と変わることがありません。ですから、こういった教会の大多数は、危機が来ればすぐにこの世の風になびいて、別のことを言い出すに違いないのです。歴史が十分に証明しているではないですか。

あるいは、旧約聖書の記事を切り捨てて、「私はイエスの言葉に従う」と言えばよいのでしょうか。2世紀にマルキオンという人があらわれ、まさにこうした立場を採りました。旧約聖書の神は野蛮で、イエスの教えと異なっている。彼は、旧約聖書を切り捨て、ルカの福音書とパウロ書簡だけを正典とする教会を立ち上げました。教会は彼を異端として排斥し、旧約聖書の神と新約聖書の神は、同じ神であるとしたのです。実際のところ、イエス様も旧約聖書の権威を認めていたのです。

結局のところ、問題の解決は聖書を丁寧に読むところにしかありません。旧約聖書に記された戦争、そしてイエスの平和の教え。ここに一つの神の意志を読み取ることができるのか。
今回から数回にかけて、こうしたテーマを念頭に置きながら学んでいくこととします。

講座についての詳細は、以下を御覧下さい。
http://theology.jp/theologylecture/

また、この講座を今後も提供するために、御理解のあるキリスト者の皆様の御支援を必要としています。この講座を存続させたいと願うキリスト者の方は、以下を御覧下さい。
http://theology.jp/donation/

今後とも、イエス・キリスト研究所では、イエスを主とし従うキリスト者に対し、良質な教育機会を提供することに努めてまいります。よろしくお願いいたします。

召命 (神学を学ぼう! キリスト者のための神学講座 2012年7月14日)

大変お待たせして、申し訳ありませんでした。
7月14日、第4回目の、神学講座のビデオを公開いたします。

第4回目では、アブラハムの召命からはじめて、アブラハムの生涯を学んでいきます。
また、イスラエル民族が選ばれたことの意味や、それに伴う責任、そして、今日の教会にとっての意義も考えたいと思います。

ぜひ、聖書をお持ちになり、創世記を開きながら学んでください。

なお、今後とも安定して講座を提供するために御協力いただけるキリスト者の方は、
献金について
を御覧下さい。
よろしくお願いいたします。

2012年7月7日 神学講座の動画について、他

現在、動画を編集するためにつかっていたパソコンが故障しています。
また、7月7日は、講座に参加している方々と、今後の方針等について分かち合う時となりました。
このため、7月7日の動画については、アップロードしないことといたします。ご了承ください。

その代わり、この講座全体の目的、意義等について、今後書き綴って生きたいと考えています。 続きを読む 2012年7月7日 神学講座の動画について、他

神学を学ぼう! キリスト者のための神学講座 2012年6月30日

6月30日、第3回目の、神学講座のビデオを公開いたします。
第3回目では、前回に引き続き、「神がいるのに、悲劇が起こるのはどうしてだろう」という問題意識を持ちながら、ヨブ記から学びます。

前回に比べて、講座の内容自体、充実したものになっているかと思います。
また、音声がうまくとれていないという声にお応えし、マイクの位置を調整いたしました。

今回は、以下の資料をプリントアウトし、手元に置いて御覧戴くと、よりわかりやすいかと思います。
ヨブ記の構造
よろしければ御利用下さい。

なお、今後とも安定して講座を提供するために御協力いただけるキリスト者の方は、
http://theology.jp/donation/
を御覧下さい。
よろしくお願いいたします。

神学講座、ビデオ公開

6月23日、第2回目の、神学講座のビデオを公開いたします。
初回、2回目では、7名の参加者が与えられました。心から感謝いたします。

不慣れな所が多く、御迷惑をおかけしております。
授業の進め方に拙さがあります。
出席者の方からは、内容が簡単すぎるという声もいただきました。
また、ビデオの音声がうまく入っていない、という御指摘もいただいております。

冗長でもあり、インターネットを通して講座を御覧になる皆様のためには、ダイジェスト版を別につくった方が益になるのではないかと考えているところです。

キリスト者のために、この類の講座が必要であるという私の思いは変わりません。
どうか、御心ならば講座が継続されるよう、また、講座の質が向上するよう、お祈り下さい。

(2012年7月10日 追記
第1回、第2回目の講座については、講座の質が公開にふさわしいレベルに達していないと判断し、公開を停止いたします。
今後、ダイジェスト版などの提供で対応する予定です)