「礼拝メッセージ」カテゴリーアーカイブ

教会――覚悟の共同体 (調布バプテスト教会礼拝メッセージ2012年10月21日)

調布バプテスト教会にて行った礼拝のメッセージをアップロードします。
ビデオの音声は、聞き取りづらくて申し訳ありません。鼻がつまっていたせいで、発声もできていません。それで、今回は原稿もアップロードします。語っていることと大筋では変わりません)。

前回、私がここでメッセージした時のこと、皆さん覚えてらっしゃるかと思うのですが、内容は聖書の中の「つなぐことと解くこと」に関するもので、私はこれを「教会の条件」という題でお話しました。
率直な感想を伺いました。私たちには難しい、できない、そういう声も伺いました。事実、単純なことではありますが、なかなか難しいことでもあります。
他人の罪を指摘すること自体、決して楽しいことでもありませんし、多くの方が慣れてないことでもあります。また、まず人と人との関係がしっかりできていないと、罪を指摘したこと自体によってさまざまな問題が起こるでしょう。
聖書の示すメッセージを真剣に受け取ったからこそ、こうした反応が出てきたのだと思います。なぜなら、全くやるつもりがなければ、現実に起こってくる色々な問題を思いめぐらすこともなかったでしょう。
ただ、私がこのメッセージに「教会の条件」とつけたのは、この1つのこと、これを行うことを教会が忘れてしまったら、もう我々は教会でなくなってしまう、そういう意味がこもっています。
教会には覚悟が必要です。そうしたことを語っているのが、先程読んだ聖書の箇所であり、また私の今日のメッセージでもあります。

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教会の条件 (調布バプテスト教会礼拝メッセージ2012年7月15日)

教会とは何か。教会にとって欠かすことのできない実践とは何か。
調布バプテスト教会において、「教会の条件」という題でメッセージをいたしました。
その動画をアップロードしたのでご覧ください。

イエス様が「教会」という言葉を使うのは、福音書中たった2回、マタイ16章、18章のみであり、その双方とも「つなぐこと」「解くこと」という奇妙な言葉と結び付けられています。それで、少なくとも、この「つなぐこと」「解くこと」の実践こそ、教会にとって欠かすべからざるものと言うことができるでしょう。

この「つなぐこと」「解くこと」という言葉の意味、そして、この言葉を実践できなかったコリント教会の失敗と回復の過程を学びます。

なお、メッセージ中の「ひとあしとび」を、「いっそくとび」に訂正させてください。
申し訳ありません。