教会――覚悟の共同体 (調布バプテスト教会礼拝メッセージ2012年10月21日)

調布バプテスト教会にて行った礼拝のメッセージをアップロードします。
ビデオの音声は、聞き取りづらくて申し訳ありません。鼻がつまっていたせいで、発声もできていません。それで、今回は原稿もアップロードします。語っていることと大筋では変わりません)。

前回、私がここでメッセージした時のこと、皆さん覚えてらっしゃるかと思うのですが、内容は聖書の中の「つなぐことと解くこと」に関するもので、私はこれを「教会の条件」という題でお話しました。
率直な感想を伺いました。私たちには難しい、できない、そういう声も伺いました。事実、単純なことではありますが、なかなか難しいことでもあります。
他人の罪を指摘すること自体、決して楽しいことでもありませんし、多くの方が慣れてないことでもあります。また、まず人と人との関係がしっかりできていないと、罪を指摘したこと自体によってさまざまな問題が起こるでしょう。
聖書の示すメッセージを真剣に受け取ったからこそ、こうした反応が出てきたのだと思います。なぜなら、全くやるつもりがなければ、現実に起こってくる色々な問題を思いめぐらすこともなかったでしょう。
ただ、私がこのメッセージに「教会の条件」とつけたのは、この1つのこと、これを行うことを教会が忘れてしまったら、もう我々は教会でなくなってしまう、そういう意味がこもっています。
教会には覚悟が必要です。そうしたことを語っているのが、先程読んだ聖書の箇所であり、また私の今日のメッセージでもあります。

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これはユダヤ人の王イエス

十字架に掲げられた、「これはユダヤ人の王イエス」という罪状書き。
四福音書のすべてに書かれたこの言葉から、十字架の持つ意味のうち、重要であるにもかかわらず、あまり光の当てられなかった側面を解き明かします。

なお、原稿は『福音と世界』(2012年11月号)に掲載されています。いくつか誤字や抜けがあるので(これは私の側に責任があります)、訂正したものをアップロードします。
これはユダヤ人の王イエス
(上記リンクを、右クリック等で保存してください。pdfフォーマットになっています)

左上の方に、「音読」「解説」などと書いてあります。
時間のない方は「音読」の部分を飛ばして聴くこともできます。

なお、これはイエス・キリスト研究所の神学講座の一環です。
講座についての詳細は、以下を御覧下さい。
http://theology.jp/theologylecture/
開講時間が17:30に変更になっているのでご注意ください。

今後とも、イエス・キリスト研究所では、イエスを主とし従うキリスト者に対し、良質な教育機会を提供することに努めてまいります。よろしくお願いいたします。